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東京地方裁判所 昭和40年(ワ)3683号 判決 1968年3月28日

昭和三七年(行)第四号本訴事件原告兼

昭和三九年(行ウ)第一一号反訴事件被告

(以下たんに原告と表示する)

別紙原告目録第一(一)記載のとおり

昭和三七年(行)第四号本訴事件原告

別紙原告目録第一(二)記載のとおり

昭和三八年(ワ)第二三五五号本訴事件原告兼

昭和三九年(ワ)第九三〇号反訴事件被告

(以下たんに原告と表示する)

別紙原告目録第二(一)記載のとおり

昭和三八年(ワ)第三三五五号本訴事件原告

別紙原告目録第二(二)記載のとおり

昭和四〇年(ワ)第三六八三号事件原告

別紙原告目録第三記載のとおり

右全員(三六名)代理人

新井章

尾山宏

小田成光

原告高橋太郎及び別紙原告目録第二、

第三記載の原告ら代理人

国本明

昭和三七年(行)第四号、同三八年(ワ)第三三五五号及び

同四〇年(ワ)第三六八三号各本訴事件被告兼

昭和三九年(行ウ)第一一号及び

同年(ワ)第九三〇号各反訴事件原告

(以下たんに被告と表示する)

東京都日野市

右代表者市長

有山崧

右代理人

半田和朗

主文

一、別紙原告目録第一、(一)及び第二、(二)記載の原告らが被告に対しそれぞれ別紙債権目録第一、(一)及び第二、(一)記載の各下水道使用料の納付義務を負担していないことを確認する。

二、被告は別紙原告目録第一、(二)及び第二、(二)記載の原告らに対し、それぞれ別紙債権目録第一、(二)及び第二、(二)記載の各金員並びに右原告目録第一、(二)記載の原告らに対しては当該金員に対する昭和三八年四月一一日から、原告目録第二、(二)記載の原告らに対しては当該金員に対する昭和三八年五月一〇日からいずれも完済にいたるまで各年五分の割合による金員を支払え。

三、昭和四〇年(ワ)第三六八三号事件原告の請求を棄却する。

四、被告の反訴請求をすべて棄却する。

五、訴訟費用中、昭和四〇年(ワ)第三六八三号事件につき生じた分は同事件原告の負担とし、その余は本訴反訴を通じ全部被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一、昭和三七年(行)第四号・同二八年(ワ)第三三五五号各本訴事件及び昭和三九年(行ウ)第一一号・同年(ワ)第九三〇号各反訴事件について

(原告ら)

主文第一、二項及び第四項と同旨並びに「訴訟費用は本訴反訴を通じ全部被告の負担とする。」との判決。

(被告)

本訴につき、「同事件原告らの請求をすべて棄却する。訴訟費用は同原告らの負担とする。」との判決。

反訴につき、主文第一項同旨の本訴請求が認容されるときは予備的に、「別紙原告目録第一、(一)及び第二、(一)記載の原告らは被告に対し、それぞれ別紙債権目録第一、(一)及び第二、(一)記載の各金員及びこれに対する昭和三九年二月八日から右完済にいたるまで各年五分の割合による金員を支払え。反訴の訴訟費用は同原告らの負担とする。」との判決。

二、昭和四〇年(ワ)第三六八三号事件について

(原告)

「被告は別紙原告目録第三記載の原告に対し、金一〇万円及びこれに対する昭和四〇年五月一九日から完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言。

(被告)

主文第三項同旨及び「訴訟費用は右原告の負担とする。」との判決。

第二  全事件についての原告らの主張

一、各本訴の請求原因

(一)  別紙原告目録記載の各原告らは、いずれも同目録記載の時期に東京都日野市(当時日野町)所在の日本住宅公団多摩平団地に入居し、その水道汚水やし尿等の処理につき、日野町が設置・管理する下水道(昭和三三年法律第七九号の下水道法二条三号にいう公共下水道)を使用していたところ、日野町及び市制施行後の日野市(被告)は、昭和三三年一〇月七日に制定公布されたと称する日野町下水道条例(同町条例第三一号。以下「本件条例」という。)にもとづき、原告らに対し、同条例所定の料率によつて算出された別紙債権目録記載の下水道使用料を納付すべき旨を請求してきた。

(二)  しかしながら、地方自治法一六条四項にもとづき日野町における条例の公布方法等を定めた日野町公告式条例二条二項の規定によれば、日野町の条例の公布は、町役場及び七生支所前の掲示場に掲示してこれを行うものと定められていたにもかかわらず、本件条例は右掲示場に掲示されなかつたから、適式な公布を欠くものとして無効である。したがつて、同条例による前記下水道使用料の請求はまつたくいわれがない。

(三)1  そこで、原告らのうち、別紙原告目録第一、(一)及び第二、(一)記載の各原告は右請求に係る使用料の納付を拒絶しているのであるが、被告は、現在なお同条例の有効を主張して、右使用料の納付を督促し、未納者に対し強制徴収手続をとろうとしている。よつて、同原告らは、同人らに対して請求のあつた別紙債権目録第一、(一)及び第二、(一)記載の各使用料につき、その納付義務がないことの確認を求める。

2  また、原告目録第一、(二)及び第二、(二)記載の原告らは、前記請求に係る別紙債権目録第一(二)、及び第二、(二)記載の使用料を納付したものであるが、上記の理由により、被告は法律上の原因なくして右納付額を不当に利得し、これがため同原告らに対し同額の損失を及ぼしたものというべきであるから、同原告らに対しこれを返還する義務がある。よつて、同原告らは被告に対し、それぞれ右納付額の返還と、これに対する返還請求の翌日(原告目録第一、(二)記載の原告らについては昭和三七年(行)第四号事件の昭和三八年四月一〇日付訴状訂正申立書送達の習日である昭和三八年四月一一日、同目録第二、(二)記載の原告らについては昭和三八年(ワ)第三三五五号事件訴状送達の翌日である昭和三八年五月一〇日)から各完済にいたるまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

3  更に、被告は、原告目録第三記載の原告に対する使用料を徴収するため、昭和三七年五月二五日、強制徴収手続により、同原告がその勤務先である訴外株式会社日本経済新聞社に対して有する同年六月分の給料債権を差押えた。しかし、被告の代表者古谷太郎は、当時すでに本件条例が公布を欠き無効であることを原告らから指摘されて、使用料徴収の根拠がないことを知つていたのであるから、それにもかかわらず右差押を強行したことは、被告の機関の故意又は少くとも過失による不法行為というべきであり、これによつて同原告は著しく名誉を侵害され、多大の精神的苦痛をこうむつた。よつて、同原告は被告に対し、国家賠償法にもとづき、右不法行為による慰藉料として、金一〇万円及びこれに対する昭和四〇年(ワ)第三六八三号事件訴状送達の翌日である昭和四〇年五月一九日から完済にいたるまで民事法定利率年五分の割合よるに遅延損害金の支払いを求める。

(四)  ちなみに、本件条例は昭和三六年四月に改正され、次いで同年九月これが廃止されて、新下水道条例が制定公布されたので、同年四月分以降の使用料については、原告らはいずれもこれを納付している。

二、被告の抗弁及び反訴請求原因に対する答弁<以下省略>

第三、全事件についての被告の主張

一、原告らの各本訴の請求原因に対する答弁及び抗弁

(一)、(二) <省略>

(三)  仮に本件条例が無効で、別紙原告目録第一、(二)及び第二、(二)記載の原告らから徴収した別紙債権目録第一、(二)及び第二、(二)記載の使用料につき、被告が不当利得返還義務を負うとするならば、被告は同原告らの右不当利得返還請求に対し、次のとおり相殺を主張する。

すなわち、下水道事業は、都市の発達、公衆衛生の向上、住民福祉への寄与を目的とする公共的事業であるから、その管理運営について公益的性格の維持が配慮されるべきことは当然であるが、他面、下水道法は、適正原価の範囲内で使用者から使用料を徴収することを認めているのであつて、決して当該地方公共団体が一般税収入により無制限にその維持・管理の費用を負担すべきことが要求されているものではない。本件下水道は、旧日野町に多摩平団地が建設された際、町と日本住宅公団との協定により同公団が費用の一部を負担して設置されたものであるが、その施設は日野町全域に及ぶものではなく当面右団地入居者に限つて使用させるために同団地内と周辺の地域だけに設けられており、その使用者から使用料を徴収することは公団との協定上も当初から予定されていたのである。そして、右使用料率を定めるについては、周到な調査・研究を重ね、公正妥当を期してこれを決定したものであり、その料率が他団地と比較して決して高率でないばかりか、むしろ適正原価にすら及ばないことは、例年一般税収入による一般会計からの補てんによつて右下水道事業が維持されていることからみても明らかである。しかるに、原告らは、団地住民として、日野町の設置・管理する本件下水道の使用による利益を享受したものであり、これは要するに、日野町が多大の費用と労務を原告らに提供し、原告らがこれを利用して利益を得たことにほかならないから、もし原告らが右使用の対価を支払う義務を負わないとすれば、公平の観念に照らし、原告らは右対価相当額すなわち少くとも条例所定の使用料相当額を不当に利得したものといわなければならない。そして、この原告らの不当利得とこれに対応する被告の損失(当然増加すべかりし財産が増加しなかつたことによる損失)は、原告らの下水道使用の事実に伴いおそくも本来の使用料の支払日と定められた日に発生するものであり、かつ、原告らは悪意の受益者であるから、原告らは被告に対し、右条例所定の使用料相当額とこれに対する右使用料支払日以降年五分の割合による利息を支払うべき義務を免れない。よつて、被告は、別紙債権目録第一、(二)及び第二、(二)記載の納付済使用料の返還を求める別紙原告目録第一、(二)及び第二、(二)記載の原告らの請求に対し、これと同額の右不当利得返還請求権をもつて相殺を主張する(なお、同原告らの主張する損害金の起算日は被告の主張する利息の起算日より後である)。

二、各反訴の請求原因

(一)  別紙原告目録第一、(一)及び第二、(一)記載の原告らが、本件下水道を使用したにもかかわらず、本件条例による別紙権目録第一、(一)及び第二、(一)記載の使用料を納付しないことは前記のとおりである。したがつ、仮に同原告らが右条例による使用料納付義務を負わないとすれば、前項(三)に述べたところにより、同原告らは被告に対し、不当利得として、右使用料相当額とこれに対する使用料支払日以降の利息を返還すべき義務がある。

(二)  よつて、被告は同原告らに対し、別紙債権目録第一、(一)及び第二、(一)記載の金員とこれに対する本件反訴状送達の翌日である昭和三九年二月八日から右完済にいたるまで民事法定利率年五分の割合による金員の支払いを求める。

第四  証拠<省略>

理由

一原告らの債務不存在確認及び不当利得返還請求について

(一)  原告らが別紙原告目録記載の時期に旧日野町所在の日本住宅公団多摩平団地に入居し、汚水やし尿等の処理につき、日野町の設置・管理する下水道(昭和三三年法律第七九号の下水道法二条三号にいう公共下水道)を使用したところ、日野町が本件下水道条例(日野町条例第三一号)にもとづき、原告らに対し別紙債権目録記載の下水道使用料の納付を請求したこと、原告らのうち、別紙原告目録第一、(一)及び第二、(一)記載の原告らはいまだ右請求に係る使用料(別紙債権目録第一、(一)及び第二、(一)記載のもの)を納付していないが、原告目録第一、(二)及び第二、(二)記載の原告らは右使用料(債権目録第一、(二)及び第二、(二)記載のもの)を納付したこと、日野町にはその後市制が施行され、日野市(被告)となつたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第一号証の三と弁論の全趣旨を合わせると、右下水道条例は昭和三三年一〇月七日日野町議会において有効に議決されたものであることが認められる(なお、同条例が昭和三六年九月新下水道条例の制定にともない廃止されたことは争いがない)。

(二)  ところで、地方自治法一六条によれば、普通地方公共団体の長が議会において議決された条例の送付を受けた場合には再議その他の措置を講ずる必要があるときを除き、その日から二〇日以内にこれを公布すべく(二項)、条例の公布に関し必要な事項は条例で定めなければならない(四項)とされ、これにもとづき日野町における条例の公布方法等を定めた日野町公告式条例二条によれば、「条例を公布しようとするときは、公布の旨の前文及び年月日を記入してその末尾に町長が署名しなければならない(一項)。条例の公布は町役場及び七生支所前の掲示場に掲示してこれを行う(二項)。」と定められているところ、原告らは、本件下水道条例が右公告式条例のとおり掲示されなかつたから無効であると主張するのに対し、被告は、議決の翌日である昭和三三年一〇月八日にこれを掲示したと主張するので、この点について判断する。

本件に提出された証拠のうち、被告の右主張に副うものとしては、まず、昭和三三年一〇月当時日野町役場庶務課長であつた証人遠藤政之(第一、二回)、同課員であつた証人落合豊及び七生支所長であつた証人古谷良次の各証言があるが、その内容は、要するに、「当時条例が議決された場合には、翌日かおそくとも三日以内に、右遠藤が町役場前の掲示場に掲示し、七生支所には右落合が掲示しにいくのが慣例となつていたから、本件条例についてもそうしたはずである。」という程度の漠然たるものであつて、本件条例を実際に掲示したことについての明確、具体的な供述はなにもなく、また、当時日野町において条例の公布につき右供述のような慣例的事務処理が誤りなく行われていたことを裏づけるだけの客観的証拠も見当らない。かえつて、<証拠>を総合すれば、昭和三三年一〇月頃日野町にはまだ議会事務局がなく、事実上(すなわち、事務分掌規程等による根拠なく)町役場庶務課が議会関係の事務を担当しており、条例が議決されると、庶務課長が公布文を記入し、町長の署名を得たうえ、条例原本綴りに編綴するという取扱がなされ、その公布事務も同課において行なつていたが、課内の職務分担は組織上必らずしも明確化されておらず、条例の掲示の時期、方法、掲示済文書の処理、掲示後の復命の要否等についても一定していなかつたこと、条例は住民の権利義務に重大な影響をもつ法であり、しかも、公布の日を施行日とする条例の場合には、いつ公布されたかにより直ちにその効力発生の時期が左右されることになるのであるから、公布事務の正確な執行を担保するため、条例の公布及びその年月日については、確実な公の記録によつてこれを明らかにしておくべきが当然であるにかかわらず、日野町では条例の議決の事実とその年月日を議決簿に登載するだけで、その公布の事実や公布年月日を記録する公布簿のようなものはまつたくなく、実際上は町長が条例に署名した日をもつて公布の日として取扱つていたこと(このため、昭和三五年一〇月に行われた東京都からの監査の際右の不備を指摘され、改善を勧告された)、昭和三三年一〇月以降訴外高野隆も日野町役場庶務課員として条例関係の事務に専従したが、昭和三五年秋頃までの間に同人が条例を掲示したことは一度もなかつたこと、更に、前記公告式条例三条によれば、日野町においては、規則についても条例と同様の方法によつて公表すべきものと定められていたが、当時規則を右条例所定のとおり掲示しなかつた実例もあり、同条例違反の事務処理が行われていたことがそれぞれ認められ、また、<証拠>に徴すると、昭和三五年一〇月下旬頃右原告高橋らが日野町役場で前記遠藤や落合ら関係職員に対し本件条例の掲示の有無をただした際、遠藤らの態度は必らずしも一貫したものではなかつたことが窺われる。以上のような事実からすると、昭和三三年当時日野町では果して条例のすべてにつき常に適式に所定の掲示が行われていたかどうかについて疑いを容れる余地がないわけではなく、少くとも本件条例に関しては、<中略>の各証言をもつて同条例が誤りなく掲示されたと断定するには不十分であるといわなければならない。もつとも、<証拠>によれば、右回答の頃前記遠藤及び落合が日野町議会から本件条例の公布の有無について調査を受けた際、町役場の掲示場には遠藤が、七生支所前の掲示場には落合がいずれも昭和三三年一〇月一〇日に同条例を掲示した旨述べたかのごとき記載があるが、両名の右議会における陳述が同人らの前記証言以上の確たる根拠によるものでないことはその各証言に照らし明かであるから、これをたやすく採用しがたいことは先に述べたところと同様である。更に、<証拠>には、本件条例の公布年月日として昭和三三年一〇月八日と記載されているが、同証言によれば、右乙号証は同人が昭和三六年秋頃従来の条例原本綴りの表紙をそのまま書き直したもので、それ以前に右表紙に公布年月日が記入された経過は不明であるから、これを掲示の有無に関する証拠とすることはできない。もとより、条例の議決が成立すれば公布されるのが通常であるから、公布の事実を直接に証明する文書が存在しないからといつて常に公布がなかつたとすることはできないであろう。しかしながら、かような推定が成り立つかどうかは当該地方公共団体の具体的な事務処理の仕方如何等にもよることであつて、日野町における前認定のような条例に関する事務処理の実情の下では、本件条例が議決された事実からその公布の事実を推定することは困難である。また、本件条例の議決後多摩平団地の入居者の多くが同条例所定の使用料を納付していることは後記認定のとおりであるが、<証拠>に弁論の全趣旨を勘案すれば、それは、日野町当局が文書の配付その他によつて使用料の納付を勧告あるいは請求したことによるものと認められるので、これ亦本件条例の公布の事実を推認せしめるには足りない。そして、以上のほかに、本件条例が公告式条例の定めるとおり町役場及び七生支所前の掲示場に掲示されたことを確認するに足りる証拠はない。

してみると、本件条例は適式に公布されなかつたものというほかはなく、有効に議決された条例でも適式に公布されなければ効力を生じないと解すべきであるから、結局、本件条例は無効であつたといわなければならない。

被告は、本件条例が適式な公布行為を欠くとしても、その内容を実際上原告らに十分周知させたから、少くとも原告らに対する関係では無効にならないと主張し、また、条例の廃止後にいたりその効力を争うことは許されないと主張するがいずれも独自の見解であり採用することができない。

(三)  次に、昭和三四年四月二三日から施行された前記下水道法(以下「新下水道法」という。)二〇条一項によれば、公共下水道管理者たる地方公共団体が公共下水道の使用者から使用料を徴収するについては、条例で定めるところによるとされているが、かかる規定を有しなかつた旧下水道法(明治三三年法律第三二号)施行当時においても、後に述べるような下水道の特質からすれば、地方公共団体の設置・管理する下水道は旧地方自治法(昭和三八年法律第九九号による改正前のもの。以下「旧地方自治法」という。)二二〇条等にいう営造物に該当するものと解されるから、その使用料に関する事項が条例で定められなければならないことは同法二二三条一項の規定するところである。そうすると、右下水道法改正の前後を通じ、使用料徴収の根拠となるべき条例が無効であつた本件においては、他に特段の法的根拠がないかぎり(この点については後にふれる)、日野町ないし被告がその間の下水道使用者から使用料を徴収することはできず、原告らは本件納付請求に係る使用料の納付義務を負わないものというべきである。

よつて、別紙原告目録第一、(一)及び第二、(一)記載の原告らが、同人らに対して請求された別紙債権目録第一、(一)及び第二、(一)記載の各使用料について、その納付義務を負担していないことの確認を求める請求は理由がある。

(四)  また、被告(日野町)が原告目録第一、(二)及び第二、(二)記載の原告らから債券目録第一、(二)及び第二、(二)記載の使用料を徴収したことは前記のとおりであるが、以上に述べたところによると、右使用料の徴収は、被告がなんら法律上の原因なくして同原告らの財産により徴収額相当の利益を受け、これがため同原告らに対し同額の損失を及ぼしたものというべく、反証のないかぎり右利益は現存するものと推定されるから、結局、被告は同原告らに対し、不当利得として、右徴収額を返還する義務があり、これに対する被告の相殺の抗弁を採用しえないは後記三において判断するとおりである。

よつて、被告に対し別紙債権目録第一、(二)及び第二、(二)記載の納付使用料相当額の返還と、これに対する返還請求の翌日(その日が、原告目録第一、(二)記載の原告らについては昭和三七年(行)第四号事件の昭和三八年四月一〇日付訴状訂正申立書送達の翌日である昭和三八年四月一一日、同目録第二、(二)記載の原告らについては昭和三八年(ワ)第三三五五号事件訴状送達の翌日である同年五月一〇日であることは、記録上明らかである。)から完済にいたるまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める同原告らの請求も正当としてこれを認容すべきである。

二原告岸本昌弘の損害賠償請求について

(一)  原告岸本が別紙債権目録第二、(二)36記載の使用料を納付しなかつたところ、被告が右使用料を徴収するため、国税滞納処分の例により国税徴収法にもとづき、昭和三七年五月二五日同原告がその勤務先である訴外株式会社日本経済新聞社に対して有する同年六月分の給料債権を差押えたことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、右差押えは、同原告が同年七月六日差押えの原因となつた未納額九三七円(昭和三五年度八―三期分使用料)及び加算金、手数料を完納したので、同日解除されたことが認められる。そして、被告が同原告から右使用料を徴収する権利を有しなかつたことは前記のとおりであるから、その徴収のために行われた本件差押えは違法であつたということができる。

(二)  しかしながら、仮に右差押えが同原告に対する不法行為を構成するとしても、これによつて同原告が金銭賠償を相当とするほどの精神的損害を受けたとの点については、同原告本人尋問の結果をもつてしてもいまだこれを肯認するに足りず、他にこれを認めるべき証拠はない。

よつて、同原告の請求は、その余の点を判断するまでもなく失当として棄却を免れない。

三被告の不当利得返還の反訴請求について

(一)  原告らが別紙債権目録記載の期間中、いずれも日野町の設置・管理する本件下水道を使用したことは前記のとおりであり、これによつて原告らが汚水やし尿の処理につき便益を享有したことは疑いがない。被告は、この点をとらえて、仮に原告らが本件条例にもとづく使用料の納付義務を負わないとしても、日野町の財産及び労務により右使用料相当額の利益を不当に利得したものであるから、原告らはこれを被告に返還すべき義務があると主張するので、以下右不当利得の成否について判断する。

(二)  不当利得は、受益者の利得が法律上の原因を欠くことを要件の一とするものであり、このことは、当該利得が私法上の関係において生じたものであると、公法上の関係において生じたものであるとによつて異なるところはない。そこで、まず原告らの本件下水道の使用による便益の享受が法律上の原因を欠くかどうかを検討する。

都市における下水道が都市の健全な発達と公衆の保健衛生上きわめて重要なものであることはいうまでもなく、このため、新下水道法は、公共下水道の設置・改築・修繕・維持その他の管理は市町村(例外的に都道府県)が行うものとして、下水道事業を地方公共団体のいわば独占事業とするとともに(三条)、国からの費用の補助、資金の融通や国有地の無償貸付等を認め(三四条ないし三六条)、地方公共団体が公共下水道の供用を開始しようとするときは、あらかじめ使用開始年月日、排水区域等を公示し、かつ、一般の縦覧に供すべきものとし(九条)、このようにして公共下水道の使用が開始された場合においては、排水区域内の土地の所有者、使用者又は占有者に対して、その土地の下水を公共下水道に流入させるために必要な排水設備を遅滞なく設置すべきことを義務づけ(一〇条)、その区域内の住民が当該下水道を使用することを事実上強制する反面、地方公共団体は、工事の施行その他やむをえない理由がある場合でなければ、排水区域内における下水道の使用を一時的にも制限することができないものとし(一四条)、また、その使用者から使用料を徴収するについては条例で定めるところによらなければならず(二〇条一項)、その使用料も能率的な管理の下における適正な原価をこえてはならないものとして(二〇条二項二号)、下水道事業の公益的・非営利的性格を明らかにしている。更に、旧下水道法及び同法施行規則(明治三四年七月一〇日内務省令第二一号)についてみると、市(以下区町村についても同じ。法一四条)が下水道を築造しようとするときは主務大臣の認可を要し(法二条)、下水道を設けた地においては、汚水雨水を下水道に疎通するために必要な疎通施設のうち公道に属する部分については市がこれを築造・管理する義務を負い、公道以外に属する部分については土地の所有者、使用者又は占有者が右の義務を負うが、この場合でも、土地の状況によつては、市が自らこれを築造・管理することができるものとされ(法三条、規則二条)、したがつて、その地区の住民が事実上当該下水道の使用を強制されることは新下水道法の場合と同様であり、また、下水道の用地に必要な国有地を市に譲与又は無償使用させることも認められていた(法七条)。

以上のような下水道の特質を更に明らかにするため、社会生活上下水道と類似するところのある水道に関する現行水道法(昭和三二年法律第一七七号)の規定を調べてみると、水道事業も公衆の保健衛生に大きな影響を及ぼす公益的事業ではあるが、同法は、その経営を地方公共団体等の独占とはせず、何人も事業計画を定めて厚生大臣の認可を受ければこれを経営することができるものとし(六条、七条)、水道事業者が、事業計画に定める給水区域内の需要者から給水契約の申込を受けたときは、正当の理由がなければ、これを拒んではならないと定めて(一五条一項)、水道の使用を事業者と需要者との契約関係によらしめるとともに、給水区域内の住民に対して給水の申込を強制するような仕組はとつておらず、また、料金その他の供給条件については事業者の供給規程で定めるものとし(一四条一項)、その料金は、能率的な経営の下における適正な原価に照らし公正妥当なものであることを認可の基準としているのであつて(一四条四項一号)、これらの規定からすると、下水道事業と水道事業とは、ひとしく地方公共団体が地方公営企業法の適用を受ける事業としてこれを行う場合でも、その法的性格をまつたく異にするものということができる。

このように、下水道事業が地方公共団体だけに許された公益的、非営利的事業で、住民の健康で文化的な生活に不可欠のものであり、住民がこれを使用するについては管理者たる地方公共団体の承諾や許可等をなんら必要とせず(住民が下水道の使用を開始し、中止又は廃止しようとするときはその旨を届出るべきことが条例上定められている程度である。本件条例一二条参照)、かえつて排水区域内の住民であることにより事実上当然にその使用を強制される(本件の場合もそうであることは後記のとおりである。)ことなどに徴すると、下水道の法的性格は、あたかも一般交通の用に供することを目的とした公道に近いものというべきであつて、その使用が下水道管理者たる地方公共団体と使用者との契約関係であるとはとうてい考えられず、むしろ住民による公道の通行などと同様、排水区域内の住民は、他人の共同使用を妨げない限度で、その用法に従い自由に右下水道を使用することができるものであり、その利用関係は、いわゆる公の施設(現行地方自治法二四四条以下)の一般使用の関係であると解するのが相当である。すなわち、下水道施設が設置されている以上、住民がこれを使用して便益を享受すること自体は住民に認められた自由であるというべきであつて、ただ、その使用につき使用料を徴収することが条例で定められている場合にかぎり、使用者から使用料を徴収することが許される(これを納付しないときは国税滞納処分の例により国税徴収法によつて強制徴収することができる。旧地方自治法二二五条)という関係にすぎないのである。したがつて、右使用料の徴収を定めた条例が無効である本件においては、排水区域内の住民たる原告らは、無償で本件下水道を使用することができるものであり、この使用によりなんらかの便益を享受したからといつて、これを法律上の原因を欠くものということはできない。

(三)  もつとも、<証拠>を総合すれば、本件下水道は、日野町に多摩平団地が建設された際、同町と日本住宅公団との協定により、当面は主として多摩平団地の居住者に使用させるため、同団地内とその周辺の地域にのみ設置されたもので、町と公団がこれに要した費用は莫大であり、また、その維持管理のため例年町の一般会計のうちから相当額の繰入れがなされていたこと、多摩平団地の入居者は当然に本件下水道を使用することを強制される反面、それだけ他地区の住民に比して特別の利益を受けるものであり、したがつて、その使用料は、施設の提供する役務に対する反対給付であると同時に、いわゆる受益者負担金の実質をもつといいうること、公団側では団地入居者がなんらかの下水道使用料を負担することをいわば当然のことのように考え、入居者としてもこれを予期しえなかつたわけではなく(右の料金が公団に支払う共益費に含まれているとか、その額が高すぎるというのが本件紛争の発端であつた)、現に入居者の大部分は本件条例による使用料を納付していることがそれぞれ認められるから、これらの事情を考慮すると、原告ら一部の住民のみが、日野町ひいては他の住民の負担において、無償で本件下水道を使用しうるとすることは、実質的にいかにも不当であり、公平の観念に反するとの見解もありえないではない。しかしながら、地方公共団体による受益者負担金の賦課徴収が条例によらなければならないことは旧地方自治法二一七条、二二三条一項の規定上明らかであり、また、公団住宅への入居が一種の附合契約によるとしても、本件の場合、下水道の使用に対してなんらかの料金を支払うべきことが右契約の内容であつたとは認められず、その他原告らと日野町又は公団との間において、本件下水道の使用につき、一種の受益者負担金もしくはこれに類する対価を日野町に支払う趣旨の合意等特別の法律関係が成立したと認めるべき資料はない。もともと、地方公共団体は住民の福祉の増進に努めるべき責務を有するものであるから(地方自治法二条一二項参照)、地方公共団体が、住民の福祉のためにその利用に供する施設を設けた場合に住民の施設の利用につき利用者から反対給付を徴することは、当該施設利用関係の本質的要素をなすものではない。それ故、地方自治法は、地方公共団体が公の施設の使用につき住民から負担金ないし使用料を徴収しようとする場合には、必らず条例で定めるべきものとし、かつ、その条例を公布させることによつて一般への周知を図り、住民の利益を保護しているのである。しかるに、もし、右条例が無効であるにかかわらず、住民の右施設使用による便益の享受が不当利得を構成し、その利益を返還しなければならないとするならば、原告らも指摘するように、結局、住民は条例によらずして実質上負担金もしくは使用料を徴収されるのと選ぶところがなく、前記地方自治法の規定はまつたく空文に帰することとならざるをえない。この結果が是認できないことは明白である。かような諸点を総合して考えると、本件条例が無効である以上、前記のような事情があることから直ちに、原告らの本件下水道の無償使用が正義ないし公平の観念に反するとして、これを法律上の原因を欠くものと解することは困難である。

(四)  のみならず、仮に原告らの右使用による便益の享受が法律上の原因を欠くとしても、新下水道法二〇二条二項の規定によつて知りうるとおり、条例の定める使用料は必らずしも使用者が使用により受ける利益の額を基準として決められるものではないから、使用者の返還すべき利得額が右使用料相当額であるとは断定しえず、他に本件の一切の資料をもつてしても原告らの利得を的確に認定することはできない。ひつきよう、原告らの利得返還義務の範囲についても証明がないというほかはない。

(五)  以上を要するに、原告らが本件下水道の使用による不当利得として本件条例所定の使用料相当額を被告に返還すべき義務があるということはできないから、別紙原告目録第一、(一)及び第二、(一)記載の原告らに対して右不当利得の返還を求める被告の反訴請求は失当である。

四結論

右の理由により、原告らの本件各請求のうち、別紙原告目録第一、(一)及び第二、(一)記載の原告らの使用料納付義務不存在確認請求並びに同目録第一、(二)及び第二、(二)記載の原告らの不当利得返還請求はいずれも正当としてこれを認容するが、原告岸本昌弘の損害賠請求並びに被告の右目録第一、(一)及び第二、(一)記載の原告らに対する反訴請求はいずれも失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。(緒方節郎 小木曾競 佐藤繁)

別紙(目録)<省略>

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